
肩関節インピンジメント症候群は、理学療法士が臨床で頻繁に遭遇する病態の一つです。そのリハビリにおいて運動療法の重要性は広く知られていますが、「数あるエクササイズの中から、何を選択すべきか」とエビデンスに基づいた判断に悩む場面は少なくありません。
今回は、肩甲骨周囲筋のアンバランスに着目し、具体的なエクササイズプログラムの効果を筋電図学的に検証した2012年の重要な研究をレビューし、その臨床応用までを深掘りします。
Contents
参考論文:De Mey et al. (2012)
今回取り上げるのは、理学療法士Ann M. Coolsらが発表した、インピンジメント症状を持つオーバーヘッドアスリートを対象とした研究です。
インピンジメント症状を有するオーバーヘッドアスリートにおける肩甲骨筋リハビリテーションエクササイズ:6週間のトレーニングプログラムが筋動員と機能的アウトカムに及ぼす影響
Scapular muscle rehabilitation exercises in overhead athletes with impingement symptoms: effect of a 6-week training program on muscle recruitment and functional outcome
著者: De Mey K, Danneels L, Cagnie B, Cools AM.
雑誌: Am J Sports Med. 2012 Aug;40(8):1906-15.
研究の概要(PICO)
P(対象): 軽度のインピンジメント症状を持つオーバーヘッドアスリート47名
I(介入): 4種類の肩甲骨周囲筋エクササイズからなる、6週間の在宅トレーニングプログラム
C(比較): 介入前の状態との比較(対照群なしのケースシリーズ)
O(結果): SPADI(肩の痛みと機能の指標)、および表面筋電図を用いた肩甲帯筋の筋活動量、活動比率、活動タイミング分析
なぜこの論文が臨床で重要なのか?
本研究は、特定の運動療法プロトコルが筋活動パターンと症状にどのような影響を与えるかを具体的に示した、初の縦断的研究という点で非常に価値が高いと言えます。
論文の結論:6週間の運動で「痛み/機能」と「筋活動量」は改善したが「タイミング」は不変
6週間のトレーニングプログラムの結果、ポジティブな変化と、変化しなかった点が明確に示されました。
評価①:疼痛と機能(SPADI)は有意に改善
肩の痛みと日常生活での困難さを0~100点で表す質問票「SPADI」のスコアが、介入前の平均29.86点から、介入後には11.70点へと有意に減少し、被験者の痛みと機能が大きく改善したことが示されました。
評価②:僧帽筋の過活動抑制とアンバランス(UT/SA比)の正常化
筋電図を用いた評価では、以下の変化が見られました。
・僧帽筋の上部・中部・下部線維すべての最大筋力(MVIC値)が向上しました。
・腕を挙上する際の僧帽筋全体の相対的な筋活動量が減少しました。これは、筋力向上により、より少ない力で腕を上げられるようになったことを示唆します。
・インピンジメントで過活動になりやすい僧帽筋上部線維(UT)と、機能不全に陥りやすい前鋸筋(SA)の活動比率(UT/SA比)が有意に減少し、筋活動のアンバランスが改善しました。
評価③:示唆に富む結果:筋活動のタイミングは変化しなかった
一方で、腕の挙上を開始する際の、各筋が活動を始めるタイミング(マッスルオンセットタイム)には、6週間の介入前後で有意な変化が見られませんでした。筋力や活動量のバランスは改善しても、活動開始の順序という神経筋制御の側面は変化しにくかったことを示す、非常に興味深い結果です。
三角筋後部線維の活動開始(0)との比較 (秒)
明日から使える!論文で検証された4つの肩甲骨エクササイズ
本研究で用いられた4種目の在宅エクササイズは、いずれも特定の筋を選択的に促通し、過剰な代償を抑制する工夫がなされています。

腹臥位での水平外転+外旋
腹臥位で肩関節90度前方挙上位から開始し、腕を水平な位置まで水平外転させ、運動の最終域で外旋を加えます。
側臥位での前方挙上
側臥位で体幹と肩をニュートラルに保ち、腕を矢状面上で90度前方へ挙上します。
側臥位での外旋
側臥位で肘を90度に曲げ、体幹と肘の間にタオルを挟んで代償を防ぎながら、肩関節を90度外旋させます。
腹臥位での伸展
腹臥位で肩関節90度前方挙上位から開始し、ニュートラルな回旋を保ったまま体幹の横まで腕を伸展させます。
臨床での活かし方と今後の課題
整形外科・スポーツ領域での実践ポイント
この研究プロトコルは臨床応用しやすく、クライアントに指導する際のポイントも明確です。
・頻度と量: 6週間のプログラムとして、各種目を毎日10回×3セット(セット間休息1分)を基本とします。
・負荷設定: 10回で限界となる重量(10RM)を目安に個別設定し、VASで5/10までの痛みは許容するなど、具体的な基準が示されています。
・過負荷予防: 週ごとに4種目の実施順序を変えるといった工夫も、過負荷予防の観点から参考になります。
【考察】脳卒中リハビリテーションへの応用可能性
脳卒中片麻痺者における肩の痛みも、亜脱臼に伴うアライメント不良や、痙縮による筋のアンバランスが大きく関与します。特に、僧帽筋上部線維の過緊張と前鋸筋の機能不全は共通してみられる課題です。
本研究で示されたエクササイズ、特に「側臥位での前方挙上」や「側臥位での外旋」は、重力の影響をコントロールしやすく、非麻痺側の過剰な代償を抑えながら肩甲帯の安定性を再学習するアプローチとして、脳卒中リハにも応用できる可能性を秘めていると考えられます。
ただし、その際は高次脳機能障害による指示理解の程度、感覚障害、痙縮のパターンなどを十分に評価し、個別に設定を調整することが大前提となります。
この研究の限界と残されたテーマ
本研究は比較対照群のいないケースシリーズであるため、結果に自然回復が含まれている可能性は否定できません。また、筋活動のタイミングが変化しなかった点は、「筋力強化」というアプローチだけでは限界があり、「運動制御」への介入の必要性を示唆しているのかもしれません。
まとめ
今回レビューしたDe Meyらの研究は、インピンジメント症状に対し、具体的な4つのエクササイズが「痛み・機能」と「筋活動バランス」を改善する可能性を強く示唆するものでした。その一方で、「筋活動のタイミング」という運動制御の側面は変化しにくいという、臨床家にとって重要な課題も提示しています。整形外科領域だけでなく、脳卒中リハビリテーションの分野においても、肩関節機能の改善に向けたアプローチのントとなる、価値ある研究と言えるでしょう
執筆者情報
三原拓(みはら たく)
ニューロスタジオ千葉 理学療法士
主な研究業績
2016,18年 活動分析研究大会 口述発表 応用歩行セクション座長
2019年 論文発表 ボバースジャーナル42巻第2号 『床からの立ち上がり動作の効率性向上に向けた臨床推論』
2022年. 書籍分担執筆 症例動画から学ぶ臨床歩行分析~観察に基づく正常と異常の評価法
p.148〜p.155 株式会社ヒューマン・プレス
その他経歴
2016年 ボバース上級講習会 修了
2024年 自費リハビリ施設 脳卒中リハビリパートナーズhaRe;Az施設長に就任
2025年 株式会社i.L入職 NEUROスタジオ千葉の立ち上げ
現在の活動
ニューロスタジオ千葉 施設長
脳卒中患者様への専門的リハビリ提供
療法士向け教育・指導活動